生きている武器、或いは『黒をまといし剣』の話 #イズミ #deflayh_pc続きを読む ありえない話ではなかった。岩が、駒が、鎧がそうであるように、イズミが手に入れた剣も『生きていた』。ただひとつだけ、他の生きている武器とは違っていたが。 黄金の騎士のトミミスが見守る中、イズミはバックパックに詰められたネフィアの宝物を次々とテーブルに並べていく。禍々しい魔法書、謎のポーション、得体の知れない食糧、何だかよくわからないオブジェクト。「今回の目玉といったらこれかな?」 最後に取り出されたのは、襤褸切れに包まれた一振りの長剣だった。ネフィアに落ちている装備品には見向きもしないイズミの質をトミミスはよく知っている。珍しく武器を拾ってきたということは。「生きている武器、ですか? 長剣の使い手はいないでしょうに」 襤褸切れに覆われていた刀身が露になる。磨かれたオブシディアンの、艶を帯びた黒をまといし剣にトミミスは目を奪われた。「そのうち私が剣闘士を目指すかもしれないよ?そうでなくてもいずれ防衛者たちが使うことになるかもしれないからね。実用に向くかはこれから考えるとしましょう」 イズミはトロールの血を持ち出しゆらゆらと瓶を揺らしてみせ、「使えなくても、これはこれで面白い一品よ」と悪戯な笑みを浮かべてみせた。何をするかと思えば、トロールの血を刃に吸わせるべく、とくとくと垂らしたその瞬間、血は刃の表面に吸い込まれるように消え。「アァァ……ァァ……」 男の声が。女の声が。掠れた声が。名状しがたき声が。歓喜の声が。悲痛な声が。一人の声が。多数の声が。あるいは刃が嬉しげに震えた音が声に聞こえただけなのかもしれない。生きている武器は、鳴いた。「きゃっ!?」 その出所がこの長剣だと理解したトミミスが僅かに遅れて可愛らしい悲鳴を上げる。「剣が、喋って……!」「喋ったね」 トミミスの反応に満足してイズミはニヤリと笑い、黒をまといし剣を持ち上げてみせる。トミミスであれば苦労はしないだろうが、イズミにとってはこの長剣を片手で構えるには重すぎた。刃先は床を指し、錆びにも脂にも汚れていない黒く美しい敵意はキャンドルの揺れる明かりを小さく振り撒いた。「モンスターの血を浴びてたからつい拾って来ちゃったのよ。喋る武器は私も初めて見たのだけど、これって珍しいのかしら? それとも新種だったり、実はモンスターだったり――」 イズミの言葉を遮るように、柄を握る手に血が滲む。まるで刃を握り込んだように――ぷつん、と――皮膚が裂け、柄から刃に伝う血が吸われきれずに床へと滴った。痛みに表情を固くしたが、それもすぐに解かれる。代わりにトミミスの気が張り詰めるのを感じてイズミは指を振った。「…結構強い吸血。マゾでもない限り使えそうにないわ。前に持ち主がいたのかしらね、持て余して捨てられたのか、剣に囚われて倒れたか」「生きている武器なら武器らしく、モンスターならモンスターらしく生きてもらいたいものですね。私がお持ちしましょうか?」「平気。トミミス、あとは任せたよ」 刃が乾きを取り戻したのを確認してテーブルの襤褸で適当にくるむ。襤褸が少し血に汚れてしまったが、それくらい物々しい見た目なら、わが家の悪戯っ子たちも手を出そうとしないだろう。「いい縁があるまで埃を被っててもらうとしましょう」*おわり*畳む 2024.8.28(Wed) 20:21:49 二次創作,冒険者,掌編
ありえない話ではなかった。岩が、駒が、鎧がそうであるように、イズミが手に入れた剣も『生きていた』。ただひとつだけ、他の生きている武器とは違っていたが。
黄金の騎士のトミミスが見守る中、イズミはバックパックに詰められたネフィアの宝物を次々とテーブルに並べていく。禍々しい魔法書、謎のポーション、得体の知れない食糧、何だかよくわからないオブジェクト。
「今回の目玉といったらこれかな?」
最後に取り出されたのは、襤褸切れに包まれた一振りの長剣だった。ネフィアに落ちている装備品には見向きもしないイズミの質をトミミスはよく知っている。珍しく武器を拾ってきたということは。
「生きている武器、ですか? 長剣の使い手はいないでしょうに」
襤褸切れに覆われていた刀身が露になる。磨かれたオブシディアンの、艶を帯びた黒をまといし剣にトミミスは目を奪われた。
「そのうち私が剣闘士を目指すかもしれないよ?そうでなくてもいずれ防衛者たちが使うことになるかもしれないからね。実用に向くかはこれから考えるとしましょう」
イズミはトロールの血を持ち出しゆらゆらと瓶を揺らしてみせ、「使えなくても、これはこれで面白い一品よ」と悪戯な笑みを浮かべてみせた。何をするかと思えば、トロールの血を刃に吸わせるべく、とくとくと垂らしたその瞬間、血は刃の表面に吸い込まれるように消え。
「アァァ……ァァ……」
男の声が。女の声が。掠れた声が。名状しがたき声が。歓喜の声が。悲痛な声が。一人の声が。多数の声が。あるいは刃が嬉しげに震えた音が声に聞こえただけなのかもしれない。生きている武器は、鳴いた。
「きゃっ!?」
その出所がこの長剣だと理解したトミミスが僅かに遅れて可愛らしい悲鳴を上げる。
「剣が、喋って……!」
「喋ったね」
トミミスの反応に満足してイズミはニヤリと笑い、黒をまといし剣を持ち上げてみせる。トミミスであれば苦労はしないだろうが、イズミにとってはこの長剣を片手で構えるには重すぎた。刃先は床を指し、錆びにも脂にも汚れていない黒く美しい敵意はキャンドルの揺れる明かりを小さく振り撒いた。
「モンスターの血を浴びてたからつい拾って来ちゃったのよ。喋る武器は私も初めて見たのだけど、これって珍しいのかしら? それとも新種だったり、実はモンスターだったり――」
イズミの言葉を遮るように、柄を握る手に血が滲む。まるで刃を握り込んだように――ぷつん、と――皮膚が裂け、柄から刃に伝う血が吸われきれずに床へと滴った。痛みに表情を固くしたが、それもすぐに解かれる。代わりにトミミスの気が張り詰めるのを感じてイズミは指を振った。
「…結構強い吸血。マゾでもない限り使えそうにないわ。前に持ち主がいたのかしらね、持て余して捨てられたのか、剣に囚われて倒れたか」
「生きている武器なら武器らしく、モンスターならモンスターらしく生きてもらいたいものですね。私がお持ちしましょうか?」
「平気。トミミス、あとは任せたよ」
刃が乾きを取り戻したのを確認してテーブルの襤褸で適当にくるむ。襤褸が少し血に汚れてしまったが、それくらい物々しい見た目なら、わが家の悪戯っ子たちも手を出そうとしないだろう。
「いい縁があるまで埃を被っててもらうとしましょう」
*おわり*畳む