No.130

ロイターとクラムベリー中毒のヴェセルの話 #ロイター #虚空さん

 終わりの時は案外呆気なく訪れた。
「私はもう長くない」
 ヴェルニースの酒場でクリムエールを飲みながら、何ということも無いようにヴェセルが口にしたのを、ロイターは酒を呷る手を止めた。
「何だと?」
「私は長くないと言った」
「また妙な幻覚でも見ているのか。薬は止めろとあれほど言ったはずだ」
 一度薬漬けで朦朧としたヴェセルを見かけてからは、ロイターは何かと彼を監視するようになったのだ。うわ言のようにエレアの娘の名を呟き、虚ろな瞳で虚空を見つめるかつての友、戦友と呼べるヴェセルがこれ以上落ちていくのを、ロイターは見ていられなかった。
「薬はもう止めた。だが……」
 遅すぎたのだ。不摂生な生活に加え、クラムベリーだけでなく、違法、合法、あらゆる麻薬に手を出したヴェセルの体は、耐え切れなかった。見えないところは既に病に犯され蝕まれていた。徐々に死に至る病を。
「だから、何だ。また貴様は逃げるのか?」
 アテランでその背を追い、戦場で肩を並べ、張り合ってきた。ロイターは彼と剣を交わすことに燃え、ある種の生き甲斐と化していた。しかしヴェセルは、一度も負けを譲らずにひっそりとザナンを去った。ヴェセルが失踪してからは、ヴェセルよりも上の地位に就き、こうしてザナンの皇子の警護を任されるまでの立場となったが、張り合う相手を失った今、この勝利は無意味だ。
 彼が妹のように思っていたエレアの娘を失ってからのヴェセルは、抜け殻のようだった。地位も名声も何もかもを呆気なく捨ててザナンを去った時は、とうとう死を選んだものかと思っていたが、こうして生きていただけでも、ロイターは嬉しかったのだ。
「俺と勝負しろ、ヴェセル。薬に殺されるくらいなら俺が殺してやろう」
 しかし、再会したヴェセルはわずかな面影だけを残して変わり果てていた。白き鷹はもう羽ばたく翼も持たず、絶望を吸い取ったように黒く鈍く輝く剣を携えて虚空を見上げるのみ。
 聞けば現実から逃げるように、悪夢から逃れるように、クラムベリーの煙を吸っては依頼をこなして今日を生きるためだけの金を稼いでいたらしい。生き延びたところで、その先に待ち受けるのは果たして希望はあるのが疑わしい、不安定な毎日。その上病ときたものだ。
「変わらないな」
「貴様……」
「そのまま、変わらずにいて欲しい」
 ふっとヴェセルが笑う。今も昔も張り合って、何かと突っかかってきたロイターに今は憧れさえ感じるのだ。昔と変わらずに、対抗し、反発するロイターに。ヴェセルはテーブルにいくらかの金貨を置いて立ち上がった。
「ヴェセル! これ以上の勝ち逃げは許さんぞ!」
 騒がしい酒場が一瞬静まり返るほどに響いたロイターの声を背に、ヴェセルは戸を潜る。そうしてひっそり「許せ」と呟いた。畳む

二次創作,NPC,掌編